多次元世界を探求する

自分の宇宙は自分の中に内在する。意識変容の先は多次元空間が存在していた。8年間内観しずっと自分の奥を掘っていったら、3年前に堰を切ったようにライトランゲージが口から発さられ、さらにその奥の多次元領域にアクセスできる鍵を受け取った。現実と多次元領域の連動を楽しく研究する日々。

「自分に一致する」が目覚めの道しるべ

 

またまた娘の宿題の手伝い。

「全く分からん!」と算数の宿題プリントを持ってくる。

いざ、教えようとすると、

なげやり&学ぶ意欲なし&怒っている

自分の宿題なのに、そこには当事者意識に欠け
最初から教えを受け入れる感覚がない様子。


教え始めて3分くらいで、私も腹が立ち終了。


いつものように、

そこに使っている周波数を手放す

落ち着いた後、

その現実にどんな制限を使っているんだろうと観察すると、


「私が言っていることを受け入れてほしい」
「自分が分からないといって協力を仰いでいるならばそれ相当の態度で臨むべき」

があるのだと。


それを再設定すればいいのか、とトライするも、

何だかしっくりこない。

自分の頭と心が一致していない。

自分のハートはどうしたいのか、自分の本心を聞きに行くと、


「受け入れるスペースが準備されていない人には教えたくない」

 

相手が受け入れた上で、必要か不要か選択し、不要と判断するのはその人の自由なので
何も問題ないけれど、最初から受け入れる意思がない人に伝えるのは嫌だ


という結論。


その方向であれば、自分のハートがgoサインしているのが分かりました。

 

よし、今はそれを選択する方が最適なんだと。


ということで、娘にはその旨伝え、


「教えてもらいたいなら、きちんと受け入れるスペースを準備して、
その意思を態度で示しなさい。ママはさっきまでの態度では
教えたい気持ちにはならないし、とっても不快です。」

と伝えました。


娘の中でもいろいろ内観したと思います。

2時間後、教えてくださいと言われたので、

丁寧に問題の解き方を教えました。


制限を捉え外す時、一般的に理想とする流れを選択するのではなく
『自分にとって気持ちが良い、心地よい』選択をする。


当然のようで、実際その経験を経て、改めて大事だなと思いました。

聖母マリアのようになるのではない。

自分にとって心地よい世界に
自分を導くために目覚めを進める。


改めて、自分にとって大切な道しるべとなりました。

 

Primevideo「イエス・キリストの生涯」

Prime videoで

イエス・キリストの生涯」という8つのエピソードで構成された

ドキュメンタリー映像を見つけました。

 

観終わり、何とも言えない気持ちです。

 

ただ、一つだけ言えるのは大きなメッセージ性を感じます。

 

 

実は最近、繰り返し、何かに捉われた苦しい夢を見ます。

 

朝起きるとどういう意味だろうと思っていたけれど、

 

今回、夢もこの映像のメッセージも含めてすべてが

 

新たな自分の在り方へのヒントのような気がしています。

 

 

 

 

まだ全貌は見えませんが、

 

ここは焦らず、しっかり進めていく必要性を感じます。

 

 

「許す」ことは

幻想でもある現実を通しての学びを「芯で受け止め」、

魂の成長を力強く進めていく鍵のように感じます。

 

柔らかさと力強さの両方を兼ね揃えたエネルギー。

 

 

まだ見えているものは氷山の一角に過ぎないのかもしれない。

 

大きなメッセージの片鱗に何だか恐怖に似たワクワク(歓喜)を感じます。

 

 

 

豊かさという報酬

 

 

先日ご紹介したオラクルカード。

 

5月の後半に、ここから3か月のながれについて聞くと、

 

 

 



 

 

 

6月:これまでの変化に対する報酬(豊かさ)がもたらされる

7月:新たな才能の出現

8月:サードアイ(覚醒)

 

 

だいたい報酬(豊かさ)と聞くと、これまではどちらかというと大きな衝撃が来て

それを抜けていくとより軽やかな意識になるという意味での報酬(豊かさ)が多く、大きな試練がまた来るのか?!と一瞬ドキっとしたけれど、そのあとに

 

「そういうものではなく、あなたが報酬として受け取るもの」

 

というメッセージが来ました。

 

 

6月に入って、まだ1週間。

 

 

何だか怖いくらいの報酬らしきものがすでにやってきています。

 

 

私はいつもと変わらず、家にいてただただのんびり過ごしているだけなのに

 

・夫の最終出社日が決まり、6月はかなりの時間を一緒にいれること。

・ある事情で急遽母や親族の上京がきまり、母と4日間この家で一緒に過ごせることに。

・全く想定していなかったところから高額のお金が手元に入ってきた。

・親戚たちから、たくさんの魚や旬な野菜、お米や調味料、手作りマスクなどが贈られてきて冷蔵庫は既にパンパン。

・今月は誕生日でもあるので、夫がほしいものはなんでも買ってくれると言ってくれたり(笑)去年から誕生日には一人旅をすると決めていたけれど今回はどこにも行けそうにないので、その分ほしいものを全部買ったらいいと(笑)

 

まず1つはミルクパンがいいかな~と、夫に伝えたら、そんな安いやつでいいの?と心配される。100円くらいのモノだろ?!っと。…食べるパンだと思ったらしい(笑)

 

 

私はずっと同じ場所にいるけれど、すごい勢いで外の世界が変わってくような不思議な感覚。

 

 

わずか1週間で状況が変わっていく。

 

 

一方で恐ろしさを感じている自分が出てくる。

 

豊かさを拒絶してしまう感覚を捉え、それらを手放していく。

 

流れに任せる。

 

「豊かさを受け取ること」を通じてまた自分の中の流れを整える。

 

自分の中で流れを阻害しているものを捉え、感謝を持ってそれらを自由にしていく。

 

 

 

キリスト意識

 

これまで、多くのアセンテッドマスターに目覚めをサポートしてもらいました。

気づくと、側に居て自分の目覚めの段階に合わせて、

その時その時で必要な支援を色濃くしてくれました。

 

仏陀には

「目覚めの立ち位置の是正」を、

 

聖母マリアには、

「子どもや夫、家族、そして自分自身を心配不安から

信頼の対象へと変化させる」を、

 

大天使ミカエルには、

ずっと「目覚めの力強い推進」を。

 

 

ここ最近「ハートを開く」ことをキリストが支援してくれていると感じます。

ハートを少しずつ開くことで、キリストと繋がりやすくなったのか、

そこはよくわかりません。

 

 

正直自分が捉えている中では、これまでの自分の目覚めの過程で、

キリストとの接点はほとんどなかったと感じています。

(実際はサポートしてくれていたりするのかもしれないのですが)

 

ただ、ここにきて、彼の存在を強く感じます。

 

自分の中の「キリスト意識」なるものがハートと繋がっているように

感じており、私の表層意識は何が起こるのか?としばらく様子を見ています(笑)。

 

 

キリストの生涯や彼が生前どんなことを伝えてきたのかは

一切存じ上げず、関心もありませんでした。

 

 

人(自分が映し出すいかなる現実をも)を許しなさい(愛しなさい)、そうすれば自分が許される(愛で生きられる)

 

自分の中で出てくる言葉なので彼の教えと合っているのか分かりません(笑)。

 

現実によって、ハートが閉じそうなときも、キリスト意識で、

自分のハートを閉じることなく、現実に執着せず、愛を体現する。

 

 

彼が地球で生きていた頃、今よりずっと眠りの周波数を帯びて過酷な現実を映しだす中で

この生き方を地球にもたらす使者として使わされ、自らが体現して生きて見せた。

 

最後どんなに非道で無秩序な中で十字架で吊るされようと、人や社会を憎まず、許す。

愛で存在する。

 

偉大で、人間離れした存在。そりゃ、生きているときから神扱いされるわなw

 

自分の外で起こる苦しい現実にハートを閉じず、それを受け止め許す。

ハートを開いて愛で在る。

 

外の現実に左右されるのではなく、愛そのもので生きる。

 

 

この学びをちゃんと受け止め深化したいと思います。

 

 

体が若返る

 

体のアップデートが進み、どんどん体が軽やかになります。

 

軽やかになるからこそ自分のまだクリアでない部分が見えてきて

残り30%くらいはまだ変化するのではないかとみています(笑)

子宮、胸まわりはもっともっと軽やかになると感じています。

 

 

面白いことに、40歳を超えているのに、

体はどんどん若返るようで、

 

昔はどんなに食べても太れないのが悩みだったのですが(本当に悩みだった(-_-;))、

(最近までは基礎代謝が落ちて食べても汗一つかかないようになっていましたwww)

 

・20代の頃のように、体の新陳代謝がよく、ご飯を食べるだけで結構な汗をかく

・何もしていなくても、汗をかく(若い頃を思い出す)

・食事はいつも通り、もしくは多めに食べていて、運動は全くしていない

(外出自粛で、週1くらいの買い物しか外に出ておらず、

最近はソファーにいたりベッドに横になることが多い)にもかかわらず、体重はどんどん減っていく。

・体全部の肌質が大幅に改善。きめが整う。

・運動ゼロでなぜか、ヒップアップ、お腹、背中、腰回り、の脂肪減。

 (太もも、腕は全然変わらないけれど)

 

 

本来あるべき位置に内臓が戻り、臓器から不要なエネルギーが抜けると、

それだけで体の新陳代謝が上がり、あとは通常の生活を送るだけで、

筋肉がつき最適な状態にエネルギーが回り始めるのだと自分の体で実感しています。

 

グランディングすると、お腹(丹田)を中心に下半身がグォーっと温かくなり、

体中に伝播するように熱が発生します。この感覚の変化には驚きです。

 

 

以前外に勤めているときは、肩や背中がバリバリで夜ストレッチしないと

体が痛すぎて寝れなかったけれど、

 

今はどこも痛くないし、凝っていない。エネルギーの通りが完全じゃないところは

逆にみえても、どんどん良い方向に変化していくので、

時間と共に変化する安心感を持ってみていられます。

 

たまに子どもたちがマッサージしてあげようかーと提案してくれますが

全然必要なく、私が子ども達相手にマッサージついでにエネルギー流してあげています^^

 

汗をかくのは正直あまり心地よくないですが、

食べても痩せるのはいい。無理に運動せずとも、普通の生活をしているだけで

筋トレしているかのように筋肉が鍛えられるのはとっても有難い。

 

体が軽やかだと、当然頭もクリアになる。

 

この時期、頭も体も意識もクリアにしていくことは改めて大事だなと思います。

 

 

life storyの広瀬さんが提唱されているのは本当だなと実感しております。

 

もし本来の体に戻したいとお考えの方がいらっしゃったら

life story の治療をお薦めします。

 

病院に行って薬もらって、症状を抑えるよりずっとお薦めです。

 

根本を整えないと結局変わらない、終わらない。

 

回し者ではなく(笑)、純粋に自分が良いと思っているのでご紹介しました。

 

自分の備忘録として。

 

 

 

 

 

「自分はこんなもの」から「自分の人生は自分で幸せにする」へ再設定

前回の息子のスイミング行き忘れの続きです↓

 

collectingmyself.hatenablog.com

 

 

 


全部自分の中で手放しが済んだら、息子を呼んで
今回の出来事について振り返ることにしました。


今回の出来事でどう思った?と尋ねると、


「悲しかった」

その理由は二つ。

・楽しみにしていたスイミングを自分のせいで行けなかったこと。
・お金が無駄になったこと。

へらへらしているけど、ちゃんと感じているんだ。


次からどうしたらいいと思う?

 

「スイミングの日は、午後からゲームテレビ禁止して、常に時計をチェックする」との答え。


まあ、方法の一つとしてはありかもだけど、きつそうだ(笑)


「ほかにあるかな?」と聞くと、


「俺はこんなんだし、他は分からん」とあっさり考えるのを放棄。


また私の中でメラメラ怒りがこみあげてきて、


もう一人の冷静な私がメラメラが出てきた理由を探しに行く。


そうすると、

「こんな俺だから、仕方ない」

としている息子の態度に腹が立っていることが分かった。


息子は世間でいういわゆるADHD

注意散漫で忘れっぽい。

それは昔から。

彼も自分にその特徴があることは今までいろんな出来事から
重々承知。

私も彼の特徴を受け入れているし、それ自体に何もひっかからない。

彼のその部分を変えなきゃとか、変わってほしいなんて微塵も思っていない。


今回はそこではなくて、
自分の特徴を理由に不遇な出来事を「仕方ない」とあきらめたこと。


今回はちゃんと話したいと思ったので息子に次の話をしました。

・人は失敗する。それは普通のことで、悪いことじゃない。
 ママは失敗することについて怒ることは違うと思う。

・でも失敗したら終わりにするのはもったいない。
 失敗の中から気づきを得る、それを次に生かすことは自分を発展させていくことに
 繋がる。

・あなたは自分のことを忘れやすいと分かっていると思う。

・忘れないあなたになりなさいと言っているわけではない。

・忘れやすいことはあなたの一部だからそれはそのままでよい。

・だからと言って、忘れるのを当たり前で
自分の場合はこういう気持ちよくないケースが起こるのは普通だとするのは違う。

・忘れやすい自分を認めて、「他の手段を講じて」忘れないように知恵を出す。
 その努力を怠ってはダメだと思う。

・自分の人生を放棄しない。自分の特徴はこうだからとしてあきらめない。

・いくらでも補完する手段はある。

・例えば、目覚まし時計は家の中にいくつかある。
 ママの携帯のアラーム機能だってある。

・そうしたことが自分の中で思いつかなければ、
 他の人にアイディアを出してもらう働きかけをしたらいい。

・こんな自分だから、仕方ないとしない。

・こういう繰り返しでもっともっと状況は良くなる。

・自分の人生は自分で幸せにできるんだよ。


息子に理解させたいというのではなく、
自分の中の信念(真実)をきちんと息子に表現したいと思って
言葉にしました。

息子は、涙をボロボロ流して、

「分かった。俺は努力してなかった。それをやる」


と話してくれました。


そしてすぐに自分の部屋から目覚まし時計を持ってきて、

「実はこの時計の目覚まし機能が壊れているので、直して下さい」と。

触ってみたけど、すぐには直りそうにないので

明日一緒に時計屋さんに持っていく約束をしました。


息子の特徴を変えなきゃとは思わない。

だけど、彼が今よりもっと生きやすくなる考え方は
これからも表現していきたいと思う。

お金に対する制限を捉え、手放す1


外出自粛完全解除に伴い、息子のスイミングスクールも再開。

朝から水着一式準備して、忘れないようにダイニングテーブルの真ん中に
セットしていたにもかかわらず、送迎バスの時間を30分過ぎても、
ゲームをしている息子を発見。


「あっ!忘れていた」と。

焦ってももう遅い。


朝も昼もあんなに伝えていたのに、
ゲームに夢中で忘れてしまった息子に怒りが噴き出す。

「ママ、ごめんなさい。ごめんなさい」と言われても

火に油を注ぐだけ。


一旦、気持ちを落ち着かせるために、夕飯づくりを始めると、

息子は何事もなかったかのように、

笑いながらテレビを見ている。


さらに燃え上がる私(笑)。


「一回のスイミングで2000円かかってんのよ!」

 

と、怒りと共に出た言葉。


一旦冷静にその自分を見ながら、


息子が、物忘れがひどいことはいつものこと(笑)。


ただ単にスイミングに行くのを忘れただけなら何も思わない。


私が引っ掛かっているのは、


「お金を使っているのに、無駄にした」


そう、お金に対する制限。


自分のお金に対する見方が映し出した現実。

お金という制限があるから、出てくる怒り。

お金がかからなかったら、何にも怒りなど出てこない。

私の中にお金の制限があることを、

息子が分かりやすく見せてくれました(笑)

 

今回は損したというケースですが、
損した得した、支払ったものに見合う見合わないなどそもそも
お金というものによって囚われ、
自分を自由にさせない生き方を
しているのだと気づきました。

なんと馬鹿らしい制限。

お金というものによって幸せを制限されるとは本末転倒。


ということで、今まで私をその枠にとどめてくれていたお金という制限を
感謝して手放しました。


そうすると、さっきまで怒りの中でどうしようもなかったのに

すーっとお金の制限と共に消えました。


息子ちゃん、毎回ありがとう!(涙)。


次へつづく

 

自分のすべてを受け入れてありのままの自分を生きるとハートが開く

 

最近自分の「ハートを開く」を後押しされていると感じます。

 

 

目覚めのプロセスを歩み始めたころは、

統合で少しずつ軽やかになる自分を感じて

この先にいる自分は「聖母マリア」のように、

家族や友人、起こりうる出来事さえも慈しみ、

支え、見守るような存在になれるのはないかと夢見ていました。

 

ただ、途中統合しているにもかかわらず、

 

まだまだ怒りや恐怖が出てくる自分をみては、

目覚めが進んでいないと焦ったり、負の感情が出てくる自分自身を恥じたり、

自分を残念に思ったりしていました。

 

 

ただ、いろんな経験を通して、学び得たのは

そんな何者かになるのが目覚めではないということ。

 

 

今でも怒りや恐怖、苛立ちがなくなったりはしていません(笑)!

 

イライラするときは我を忘れるくらいイライラします(笑)

 

 

目覚めを進めると、たくさんの制限を外していくので、

そんな感情を引き出す現実をめっきり映し出さなくなったり、

過去と同じような場面だったとしても過去と同様の感情が伴わなくなったり、

同じ場面を見ても捉え方が以前とは大きく変化したりしています。

 

ただ、自分が持つ別の制限を映し出すために、

怒り、恐怖などの一般的に言われる負の感情を感じることは普通にあります。

 

なので、怒り、恐怖が出てくることで、「目覚められていない」という

ふうには全く思わなくなりました。

 

同時に、「聖母マリアのようになることが目覚め」だとも思わなくなりました。

 

感情は自分の制限に気づくセンサーのようなもの。

 

今ではその感情が来ると、「解放できる制限がある」という認識に変わってきました。

 

 

ただ、負の感情は「制限解放のセンサー」と分かりながらも、

 

どこかで

 

ずっと自分のなかの、

 

「喜怒哀楽が激しい私」

 

「被害妄想癖がある私」

 

 

という自分を嫌ってきました。

 

それをなくしたいと、ずっと統合をしてきました。

 

被害妄想癖は昔に比べると薄くなりましたが、たまーに

ひょこひょこっと顔を出します(笑)

 

「ただの現象」と「自分が攻撃されている」を勝手に結び付けてしまう

癖(パターン)だと理解しているので、抜けるのも早いので

問題はないのですが、それでも毎回出てくるそのパターンに

まだある・・と残念に思っていました。

 

 

だけど、ここ最近、いろんな出来事や感覚を通して、そうした自分の嫌いな部分を

受け入れる流れの中にあるのだと理解するようになりました。

 

今までのようなハードな現実を通してではなく、

だけどいろんな方向から確実に同様のメッセージがやってきます。

 

 

例をひとつ挙げると、

 

今年に入り、家族の中でママの呼び方が変化してきて、

以前は「ママちゃん」だったのが、

今年の2月くらいから、夫が「ママ神様」とたまに使い始め

今では全員の中で「ママ神様」と呼ぶのが定着。

 

先日子どもたちが「母の日」にママ神様の絵を描くねと、

描いてくれる絵は、面白いことに、すべてに

 

 

頭に「角」がある。

 

だいすきというメッセージが添えられ、

顔は笑っていて、神様のような服を着てキラキラしているけれど、

頭にはでっかいでっかい角。

 

「神様なのに、角あるの?」と聞くと、

 

「角があるのが、ママ神様なの」、と。

 

 

それを聞いたとき、一瞬「?」と思ったけれど、

あっ!角(=怒る)があってもいい、というメッセージなんだと。

 

あとは、最近自分を演じると、ものすごくストレスを感じるように。

昔の営業時代の「表面的な」「物分かりがよさそうな振りの」

自分を出そうとすると、肩がこるように。

日頃、家族や友人の前では自分そのもので生きているのに、

少しでも他人に「良く」見せようが働くと、一気にエネルギーを消耗してしまう。

 

いろんな現実(角度)から、

「そのままの自分受け入れる」「そのままの自分で生きていく」という

メッセージなのだなと理解しました。

 

 

実際に、嫌いだった自分を受け入れ始めると、

 

現実も変化。

 

最近は体の浄化が激しいので、

体の変化に伴って肉体についていた感情がすごい勢いで出ます。

 

以前は、家族に迷惑にならないように抑えようとしていましたが

どうしようもないくらい噴出します。

 

 

以前はそういうイライラして怒っている私を見ると、

夫が何とか穏やかにさせようと

気遣いものすごいエネルギーを使っていました。

 

夫に気を遣わせてしまうことに対して申し訳ないと思い、

できるだけセーブさせようとしても結局セーブさせた分

噴出したりして二人で苦しいスパイラルの中に居ました。

 

 

だけど、最近は、

 

夫はどんなに私が怒っていようが、痛みで苦しもうが

 

完全スルー状態(笑)

 

最初は「あれ?」と思ったけど

 

 

気兼ねなく最高に負の感情を吐き出せるこの環境に

ありがとう!!と喜びを感じながら、思いっきり吐き出しています。

 

 

子どもたちにも、

「今日のママはコントロール効かないからね、側によると危険よ」

というと、

 

 

「はーい♬」

 

といって、それぞれが好きなことをしてずっと私を一人にしてくれます。

 

 

どんなに私の顔が険しかろうと、夫はそれを見て

「また怒ってる~思いっきりプンプンしたらいい」とクスクス笑っている。

 

以前は私も一緒に行かなければ、みんな外に遊びに行かないと言っていたのに

先週は当たり前のように私を置いて外に出て楽しんで帰ってきた(笑)。

 

 

 

感情に蓋をせず吐き出せるって本当に楽、気持ちがいい。

 

もう最高の環境です。

 

今は浄化の真っただ中で感情のコントロールがきかないけれど、

抜けた途端、何だったのかと思うくらい平常運転になる。

 

いつも怒っているわけではないけれど、

こんなに怒りのピークでも、みんな遠くで

それぞれ自分の好きなことをしながら幸せに見守ってくれる。

 

喜怒哀楽が激しいことが好きではなかったけれど、

良くないこととしてきたけれど、

 

そういう私も受け入れる。

 

 

そうすると、そういう私を受け入れた環境(現実)に変わる。

 

(現実は全部自分が映し出しているので当然なんだけど

面白いほど自分に優しい現実に変わる)

 

自分のすべてを受け入れると、

心のどこかにあった靄がぱーっと晴れ、ハートが全開になるのが分かります。

 

どんなものでもきやがれ、くらいの勢いです(笑)。

 

ハートが開くと、ハートのセンサーが全開なので

日々必要なことは、感覚で分かる。

 

結局、統合もどんどん進み、

 

さらに負の感情を使うようなケースがどんどん減っていき、

 

さらに優しい現実が映される。

 

ハートが全開で生きるってこんなに幸せなのかと。

 

それだけで、本当に幸せ。

 

何かあるから幸せじゃなく、その状態であることだけでもう十分すぎるほど幸せだ。

 

 

 

 

 

 

分かって当然」という設定を手放す

 

今日から小学校が再開。

娘は今朝、新しいクラスに緊張しており登校の30分前からソワソワ。
「学校行くのが怖い~」と言いながら出かけていきましたが
帰りは玄関のドアを開くなり「楽しかった~!!」と言いながら帰ってきました。

帰るなり、
宿題で全然意味が分からないとプリントを持ってきます。

折れ線グラフのプリントで、丁寧に分かりやすく説明が書かれており
読みながら進めると、全部一人で進められるように作られています。

娘はこの文章自体分からないようで、
一緒にやりながら、私の中でもイライラ浮上。


イライラの奥を見に行くと、

「こんなくらい分からないと!」

があるのかと。


「このくらいの年齢だったら、このくらいの文章を理解して当然」
という設定が自分の中にあるから、

それに合わない現実にイライラしているんだな。

 

いつも通り統合と再設定。


そうすると、すーっとニュートラルな位置に戻る。

さっきまで怒り越しに教えていた勉強ですが、

その子の理解度に合わせて説明できるマインドに自然となる。


丁寧に教えていくと、娘も理解できるようになり、


プリントの裏の問題は自分でやってみる!といい、

結果一人でスムーズに進められました。


今回勉強を通じて出てきた自分の中の制限(設定)


「分かって当然」というのは、勝手に自分が作ったもの。


何でも「分かって当然」なんていう設定はないんだ。


娘ちゃん、私の設定に気づかせてくれてありがとう。

 

 

 

 

自分の直感に従う生き方

唯一持っているオラクルカード Path of the soul

 

 

 

 

正直カードなんて興味もないのに、

その絵に惹かれてなぜか購入。本当に「なぜか」購入。。。

 

ラクルカードとしては、

絵や文字からのメッセージ性は

初心者向きではないなという印象。

 

どうして唯一購入したカードがこれだったかは不明でしたが

最近よく手にしてメッセージをもらうようになりました。

 

 

 

これまでは、ある特定のスピリチャルカウンセラーさん(中村咲太さん)や

ヒーラーさん(友田慶樹さん)に定期的に相談して、

大きく道を外していたり

長く停滞したりするときを是正してもらい進んできましたが、

 

(当時はどっぷり人間意識の中で、自分の闇との引っ張り合いや

すぐに現実という幻想にはまってしまうので、立ち位置の

是正や闇との引っ張り合いのやめ方などを教えてもらいました。)

 

 

 

最近は彼らにお会いして是正してもらうのではなく、

 

 

日頃はチャネリングや現実でのサインを通して

メッセージをもらい、

 

どうしても私の「概念外にある」メッセージを伝える必要がある場合のみ、

 

ファンシーキュットンさんのカードリーディングを

受けるインスピレーションで導かれます。

 

 

カードリーディングでは

自分では気づかないもの、捉えられていない領域などの

メッセージをもらいます。

(だいたい半年から10カ月に1度のペースかな。

これまで4回?受けさせていただきました。)

 

「道が逸れているよ」的なものではなく

新たな領域に進むための材料だったり、在り方を

後押ししてくれるものがほとんど。

 

 

 

セッションなど自分が申し込むのですが、

表層の意識は申し込む直前まで、まったく申し込む気がないのに

なぜか衝動的に動かされ、申し込んだ後に、「???」と毎回思いますが、

 

最近では、ガイドたちはどうしても今伝えたいことがあるんだなと

分かるようになりました。

 

実際にセッションでそのメッセージを聞くと、

まあ、自分だけではそこには至らないなと思うことばかり。

 

「焚火をすること=通過儀礼で火からのインスピレーションをもらうこと」

 

「何もしないこと」

 

だた、実際に実行すると

自分の中の変化が加速したり、

在り方の領域が変わったり。

 

ファンシーキュットンさんのリーディング力と

沢山の種類のカードたちは本当に多方面からアプローチができ、

毎回脱帽します。

 

ファンシーさんとのセッションは通常100分もあるのですが

どのカードを見ても、私の場合、毎回メッセージが1つに集約されるので、

潔く実行できます(笑)

 

 

ガイドたちは常に私たちを導いてくれており、

自分の道を是正したり、後押しするのに

最適な人や手段が用いられるんだなと思うのですが、

 

 

 

ただ、最近はこの自分の手元にあるカードが主張していて

なんだろう?と思いながらも手に取ると、

まさに今必要なメッセージを受け取れ、

 

だからこそ、ようやくこの初心者向けではない意味が捉えにくいカードが手元に

来たのだと分かるようになりました。

 

 

カード上の絵や文字でメッセージをくれるというより

このカードの波動を通じてメッセージをくれるようで、

このカード一枚一枚の波動が違い、

その波動にのせて、今必要なメッセージが

伝えられます。

 

この世界はよくできているなあと改めて思います。

 

 

今日引いたカードはこちら。

 

 

 

 

今の私の状態とその意味について聞きました。

 

左が今の状態、

真ん中、右がその意味。

 

 

私は受け取ったメッセージは、左から

 

「精神と肉体の統合」

「本来の場所との一致」

「調和の取れた世界への移行、新たなステージへの移行」

 

沢山情報が来ますが、簡潔にいうと↑こんな感じです(笑)

 

 

カードには解説書がついているので、

それを参照すると、左から

 

「意思を持っての体の癒し」

「あなたが本来持つ波動を放つ」

「開示(あなたが見えてこなかった新しい領域が開示され、新しいことが始まります)」

 

 

たしかに。

 

伝えたいメッセージは大きく同じ。

 

 

 

・・・

 

確かに、2月あたりから急に腰を治さなきゃという思いになり、

3月末祖母が亡くなり、一気に体がフワフワと軽くなり、逆に腰の不安定感が増し

このタイミングで集中的に腰を治すんだと背中を押され、

 

今、life story の広瀬さんに体の調整していただいていますが、

腰の治療と始めたのに、結局体すべて繋がっているので

腰を治し始めたら結果全身が調整され、体の変容がものすごい。

あともう一息のところまできているのが分かります。

(最近は、体の左半分の血管が再生しているようで、

内臓、心臓、左腕の血管、首、脳の順番で血管が生まれ変わっているのが

分かります。再生するときは痛みや、実際にその部分だけ鼓動が聞こえ、

日頃経験したことのない感覚で面白いなぁと自分の体を観察しています)

 

ここ数年使っていた左腕の指先のセンサー

(自分の中で不要なものがある場合指先が痛む)も役目を終え、

体に残っているその記憶も血管の再生と共に昇華していっているのが分かります。

 

life storyの広瀬さんにはすべて遠隔でお世話になっていますが

どんどん体から不要な記憶(感情、痛み)が抜けていき、

こんなことができるのは本当にすごい役目(役割)だなと毎回脱帽です。

 

これまで自分の中で意識面からのアプローチを集中してやってきましたが

魂の器である体へのアプローチを見落としてきた

(軽視してきた)ので、このタイミングで調整されているのだなと分かります。

 

施術後はどうしようもないくらい(自分ではコントロール不可能)な怒りが

出てきますが、過去に受けた感情というより、ずっと体を放置してきた

ないがしろにしてきた、無理させてきた「体の怒り」のようにも感じます。

 

このタイミングで「意識と体の状態を一致させる」必要性があったのだなと

理解しました。

 

これまで20年以上この腰の状態できて、もうこの腰と

付き合いながら生きていくんだと当たり前に思っていたのに

ここにきて急に体を治すという風に方向性を変えた自分に

不思議だったのに、そういう意味があったのかと

納得。

 

その時はなぜ?と思っていても

直感に従い進むことは大きな流れに組み込まれていて

こうして自分の表層意識(エゴ)を置いておいても

どんどん物事は進むのだなと、

 

改めて

 

大いなものの中で生かされているんだなと思います。

 

表層の自分の意識は「??」だと思っても

内側から湧き上がる直感や感覚に従う生き方。

 

本や成功者の話を聞くより、

次世代の新しいセンサー(道しるべ)として

自分の道をより最短に最善に導くのかもしれません。

 

 

本当に楽しい時代がやってきました!

 

手放すについての最適な表現

 

 

今まで

「目覚めるために、不要なものを手放す」

 

 

という表現も何百回と使ってきた。

 

 

だけど、正直、最近しっくりこなくて

 

だからと言って最適な表現も分からなかった。

 

 

最近、「空」というか、その流れの「タオ」に繋がるときがあり、

 

 

肉体を持ちながら、そのタオに同調していると

 

まだ完全に自分の中に落とせているわけではないが、

 

今時点の最適な表現が浮かんでくる。

 

 

『純粋な宇宙意識に還るため、自分を重たく留めていたモノ(手段)を脱いで、

そのモノたちをも自由に還してあげる』

 

 

 

自分の中で、あれほど使ってきた人間意識がささやかでその一方で愛らしくも感じられる。

 

このポジションで、自分を縛っているモノたちを柔らかく解いてそのモノたちさえも

自由にさせてあげる。ずっと側に居て暗いところにいたから日の目を見せてあげる、

ようやくその役目から解放させてあげる、そんな感覚かな。

 

これこそ、本当の意味での統合なのではないかと思う。

(今時点での自分にとってしっくりくる感覚、表現)

 

これはまた自分の存在する領域が変わればその概念も同様に変わっていくものと思う。

 

 

だけど、今表現する必要性を感じたので、あえて文字に残しました。

 

自分の備忘録として。

 

 

 

抜けてきた先の世界

 

数年前、まだどっぷりと社会の集合意識に浸かって生きて頃、

何の疑問も持たず、当たり前だと思って苦しい生き方をしていた。

 

 

仕事での悩み、子どもとの接し方、夫に感じる不満、ご近所さんとの関係性、

道を歩いても電車に乗っても嫌な奴に遭遇し、直接被害を被るときもあれば

間接的にその現場をみて不快になるときもある。保育園ママとの挨拶だって面倒だし

保育園の先生の言葉ひとつひとつに引っかかったり怒ったり…

 

でもそんなものだと思って生きていた。

 

毎日外に行く時は戦場に行くように、

玄関のドアを開く前に深呼吸をして鎧をつけるかのように気持ちを切り替えていた。

 

 

 

 

今は、気づいたら、悩みも問題もなーーーーんにもないことをふと昨日気づいた。

 

夫との昔話で一瞬昔の自分を思い出して、「あれ?」昔とは全然ちがうと

気づいた。

 

最近じゃあ、悩みも不快感もないことが当たり前すぎて、昔の記憶はあるけれど、

不快だった心の感覚みたいなものが思い出せなくなっている。

 

子どものことに関しては、悩みからの気づきなどをホームページの宇宙育児ブログに

載せようと作りはしたものの、最近では全く悩みがないからネタがなく

更新できず・・・。

 

 

つい半年前だって、夫との接し方等にまだ違和感があったが

今では、何にも、微塵も不快感は感じない。

(自分の怒りの解放時期は、何にだって理由付けして怒っているけれど)

問題ってどこにあったのかさえ、感じにいけないくらい。

 

 

自分が不要なものを手放してしまったら、一気にパラレル移動して、

昔の彼はどこにもいない。

 

気づけば柔らかくて、どこまでも大きなキャパシティーを持つ彼に変わっていた。

 

現実をいじるより、自分の意識を変えれば

こんなに簡単にこんなに想像を超えた状況に変わっちゃう。

 

手放す前の私には想像すらできなかった世界。

きちんと自分の内側に向き合い、手放した過去の私に祝福を送りたい。

 

 

毎日の手放しは地味だし、時には牛歩のようだけど、

気づいたら、大きくパラレル移動している。

 

進むスピードは自分でコントロールできないけれど、

目の前にコツコツ向き合い、丁寧に手放しを行うと

一歩一歩進んでいるようで、どこかで、いきなりジャンプしたり、

三段跳びのように一気に見える世界が変わったり。

次元があがることなんて、当たり前にある。

 

 

たった数年で、全く見たことなかった世界に移動した。

 

 

それは、無理して演じたり、気を張りながら、傷つく世界じゃない。

 

自分が映し出す子供も夫も、家も、友人も社会も

 

とっても私に優しい世界。

 

不要なものが抜けて、自分らしく生きれるってこんなに楽で

 

それだけでこんなにも幸せなんだと。

 

 

 

今目の前が苦しいからといって、その先もずっと苦しいわけではない。

今ちょうど抜ける前だから、闇がひときわ極まることがある。

 

だけど大丈夫。もうすぐ抜けれるってことだから。

 

自分にできることはシンプル。

 

自分を信頼して、目の前のものにきちんと向き合い、

手放す。

 

 

現実がどんなに複雑そうに見えても、やれることはこれしかない。

 

 

これしかない、というより「これがすべて」✨。

 

 

この繰り返しが、あなたを明るい場所に連れて行くから。

テラハウスの一件について思うこと

 

日頃こういったニュースについて意見を書いたりはしないけれど

今回は表現したいと思ったので、あえて書いてみようと思います。

 

テラハウスは見たことはありません。

木村花さんについても存じ上げず、彼女の死のニュースではじめて知りました。

ニュースを見ながら今回の出来事はたくさんの学びが詰め込まれているなと思います。

 

今回の出来事は、大きな目で見ると、

彼女が、日本人の集合意識を変える大きな役割を果たしていると感じます。

 

 

「現実はすべて自分が映し出している」

「現実はすべて自分の内側の投影」

 

それをベースにお話しすると、

 

 

今回の件は、まず

 

木村さん自身の中にあるものが映し出した現実であり、

彼女や関係者の魂の学びであるのですが、

一方で、彼女や関係者の魂の学びだけで完結しない何か大きな役割(役目)を

果たしているように感じます。

 

今回、出演者、制作関係者、ドラマを観た人、彼女のファン、家族、親族、友人、ニュースで知った人など、

多くの人を巻き込み、これだけ日本中でこの出来事が知られるようになりました。

 

彼女の生前の在り方、ドラマ内での設定、自死という選択、SNSというツールの在り方、

制作側の思惑やエゴなどをめぐり

 

「多くの人の内側との対峙の機会」と「日本人の集合意識への影響」を

 

与えていると感じます。

 

この一連の出来事(テラハウスの制作から彼女の死まで)に

 

まず、今回ドラマを観て不快に感じた人も、ニュースを見て不快に感じた人も

「木村さんに対して」や「その見えない攻撃」

「人が持つ闇」「社会の闇」に対して不快になっているように見えて

 

実はすべて見ている側ひとりひとりの心の内側にあるもの(感情だったり、思い込み、善悪の判断など)が

映し出されているにすぎず、問題は自分の外側にあるのではなく、実は自分の内側にあります。

 

 

分かりやすく例を上げると、

当事者として木村さんへのSNS攻撃をした人や

実際攻撃せずとも同様な感覚に至った人は、

 

「(役の中の)木村さんのような在り方をNGとしている枠組みが自分の中にあること」、

 

そして、

 

「その枠組みで「悪」と判断して外(彼女)への攻撃で問題を解決しようとしている」

 

 

 

なぜNGとするかは、それぞれの魂の歴史にもよるので、

一概には言えないですが、

 

今世・過去世の中で刻まれた感情が映し出すケースもあれば

個人や日本人の集合意識(集団的思い込み)の枠にはまらないから悪

としたというのがあると思います。

 

それぞれを分けて書くと、ざっとこんな感じ

-------------------------------------------------------------

 

●人によっては、自分の内側にある感情による投影

 

苦しみ、悲しみ、怒り、憎しみ、妬み、…

 

 今回この出来事が起こったからでてくる感情というより、

もともと内側にある保持している感情。

今世もしくは過去世でインパクトが残る感情が、地球の波動の上昇に伴い

今回の現実を通して表面化させようと働いたケース。

 

●また人によっては、個人的な思い込みや設定

「こうするべき、こうあるべき」にはまらないから「悪」としたケース。

 

 

●また人によっては、日本人の集合意識(集団的思い込み)に

はまらないから「悪」としたケース。

 

<日本人の集団的思い込みとは…>

「空気を読む」や「出る杭打たれる」のような表現に代表されるように、

見えない(明文化されてはいないけれど集合意識として良しとされる)ルールに

従うことを無意識のうちにいわば半強制的に強いられている感覚。

日本人は自分の本心や感覚とは別に、その集団的思い込みの

「善・悪」の枠組みの中で生きておりそれはほかの国より強い傾向がある。

-------------------------------------------------------------

 

だったり。

 

そうした感情や思い込み、制約などを使ってみんなでつくりあげた出来事だともいえます。

 

魂の上で、木村さんがそれを代表して演じてくれ、

みんなの闇(表現がいまいちしっくりきませんが)を

一気に引き受けたという感覚があります。

 

木村さんがみんなそれぞれの中に

 

「きちんとみつめるべきもの」

 

があることを分かりやすく見せてくれた。

 

ニュースでは、ITモラルの啓蒙活動をしたり、SNSの利用に関して罰則を作った方がいいのでは

という議論になっていますが、もちろんやっていくことは進めてほしいなと思いますが

 

本当にやらなけらばならないことは、

 

それぞれがこの出来事を映し出した「自分の内側」をしっかりと見つめ、

不要なものに気づき、手放していくこと。

 

それが何より、木村さんの冥福になるのと、これからの日本人の集合意識を加速的に

変容させるものになるのだと思います。

 

私たちはいろんな集合意識と繋がっています。

 

まずは自分をクリアにしていくことが、結果的に繋がる多くの人の変容も後押しするのだと。

 

木村さんが命を懸けて、見せてくれたこのチャンスを

自分事として丁寧に扱い、自分の、そして繋がる集合意識の変容に

変えていけるようにしたいと思います。

 

この記事はあくまでも私個人の感覚です。

備忘録として。

宇宙の真理

 

色即是空

 

空即是色

 

 

 

お釈迦様(仏陀の地球にいたころの名前)が伝えたこと。

 

 

地球上でこの概念(宇宙の真理)を見せていくことが役割として生まれたとしても

当時の眠りの真っただ中の地球で、すべて忘れて生まれ、

最終的に苦しみの中からこの真理を見出し、

それを体現して生き、人に伝えていったお釈迦様の凄さを感じずにはいられない。

 

ひとりでその真理を追究したその強さに恐れ多いが、感化される。

 

 

今は地球のシフトにより、スムーズに目覚めを体験できる。

お釈迦様の時とは比にならないくらい楽に、軽やかに。

まさに強風並みの追い風が準備されている。

 

現実というスクリーンで投影されるものに囚われることなく

周波数として捉え、不要な周波数から抜けていく。

 

この貴重な経験がしたかった。

 

 

この地球のシフトのタイミングを知り、目覚めという経験をしたくて

やってきた多くの魂たちと共に、共鳴しながらさらにエネルギー高く抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体のアップデート

 

今は塩をたっぷり入れたお風呂で半身浴をしながら

記事を書いています。

 

というのも、昨日の朝、朝食を作っていると、

左の背中側の肋骨(正確にはもっと内臓側?)を痛めてしまい

体を少しねじるをピキッ!と悶絶するくらいの痛みが走るから。

 

 

ずっと横になっていますが、気分転換に塩風呂で浄化してもらおうと

ゆっくりしています。

 

昨晩はあまりに痛いので、横になりながらその箇所を手でしばらく

ヒーリングしていると、そのヒーリングの繋がる先が腰であることが分かりました。

 

中学生の時に椎間板ヘルニアになり、そこからずっと付き合っている

古傷です。

 

この数カ月は、life storyのひろむさんに体の調整をお願いしていますが、

施術後2週間は強い好転反応、特に1週間は強烈で、もう一週間かけて

エネルギーがなじんでいくというリズム。

 

その施術のおかげで、今回は背中のこの箇所が浄化の噴き出し口のように

なっているのが分かりました。

施術からもうすでに10日くらい経つのに、順番に体が変化するので

10日経って背中に現れた感じです。

 

もうこれは出ていくのを待つしかない。

 

ひろむさんの施術を受けて既に5回くらいになりますが、

状態が劇的に良くなる。正常な体ってこんな感覚なんだと

経験して知る感じ(笑)。どんどん軽やかになる。

そして、もっと良くなるのだと思うとワクワクします。

 

当初、自分の体で唯一不安定な「腰」の治療をと思って始めたものの、

その腰の状態を補うために全身が本来の場所やエネルギーを

犠牲にして、体全体で補完していたのだと分かりました。

 

定常な位置に戻すために、順番に施術をしていくのですが、

それを定位置に戻すだけで、補完していたものが自然と解放され変わっていく。

 

なので、腰を中心に施術しても、結果全身に好転反応が出ます。

 

内臓はそれぞれの感情の記録がされているので、内臓が

本来の力で動き始めたり定位置に戻ることによる不要なエネルギーの放出などで

かなり感情が噴き出します。

ここに関してはこれまでの経験が生きて、結構出てくるブレとうまく付き合いながら

感情の放出がスムーズに進んでいると思います。

 

 

本当に、

毎回、この魂の器である体の神秘さを感じずにはいられません。

 

 

私が知っていることなんて、ほんと宇宙から見たら、原子ほどの大きさもない。

(最適な表現が思い浮かばず…💦)

だからと言って知ろうと頑張らなくて良い。

「知らないこと」を知っているだけで良いのだと思います。

 

自分の知らない部分で必要なものは他の人の力を借りる。

 

依存ではなく、共存。

 

こういうのが、ワンネスなのだと思うのです。

 

私は自分の浄化と自分の花をこの場所で咲かせるだけ。

 

 

 

 

体の調整は、いまは、ひろむさんにお任せすると決めています。

 

5回の施術で、結構多くの臓器が定位置に戻りつつあり

内臓へのエネルギーの通りがすごく良くなり、

頭から入ってくるエネルギーが内臓をいろいろ経由しながら

足先に抜けていくのがよく分かるようになりました。

(正直以前は、お腹だけ、ブラックボックスのような感覚で分かりづらかった)

 

腰の状態はあともう少しのところまで来ているのが分かります。

 

この腰は私の人生の歴史でもある。

 

感謝を感じながら、体をもっと自由に解放させたい。

 

体も魂の状態に合わせてアップデートさせていく。

 

心・魂・体。

 

成長していくためにはこのどれも大切に捉えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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