多次元世界を探求する

自分の宇宙は自分の中に内在する。意識変容の先は多次元空間が存在していた。8年間内観しずっと自分の奥を掘っていったら、3年前に堰を切ったようにライトランゲージが口から発さられ、さらにその奥の多次元領域にアクセスできる鍵を受け取った。現実と多次元領域の連動を楽しく研究する日々。

テラハウスの一件について思うこと

 

日頃こういったニュースについて意見を書いたりはしないけれど

今回は表現したいと思ったので、あえて書いてみようと思います。

 

テラハウスは見たことはありません。

木村花さんについても存じ上げず、彼女の死のニュースではじめて知りました。

ニュースを見ながら今回の出来事はたくさんの学びが詰め込まれているなと思います。

 

今回の出来事は、大きな目で見ると、

彼女が、日本人の集合意識を変える大きな役割を果たしていると感じます。

 

 

「現実はすべて自分が映し出している」

「現実はすべて自分の内側の投影」

 

それをベースにお話しすると、

 

 

今回の件は、まず

 

木村さん自身の中にあるものが映し出した現実であり、

彼女や関係者の魂の学びであるのですが、

一方で、彼女や関係者の魂の学びだけで完結しない何か大きな役割(役目)を

果たしているように感じます。

 

今回、出演者、制作関係者、ドラマを観た人、彼女のファン、家族、親族、友人、ニュースで知った人など、

多くの人を巻き込み、これだけ日本中でこの出来事が知られるようになりました。

 

彼女の生前の在り方、ドラマ内での設定、自死という選択、SNSというツールの在り方、

制作側の思惑やエゴなどをめぐり

 

「多くの人の内側との対峙の機会」と「日本人の集合意識への影響」を

 

与えていると感じます。

 

この一連の出来事(テラハウスの制作から彼女の死まで)に

 

まず、今回ドラマを観て不快に感じた人も、ニュースを見て不快に感じた人も

「木村さんに対して」や「その見えない攻撃」

「人が持つ闇」「社会の闇」に対して不快になっているように見えて

 

実はすべて見ている側ひとりひとりの心の内側にあるもの(感情だったり、思い込み、善悪の判断など)が

映し出されているにすぎず、問題は自分の外側にあるのではなく、実は自分の内側にあります。

 

 

分かりやすく例を上げると、

当事者として木村さんへのSNS攻撃をした人や

実際攻撃せずとも同様な感覚に至った人は、

 

「(役の中の)木村さんのような在り方をNGとしている枠組みが自分の中にあること」、

 

そして、

 

「その枠組みで「悪」と判断して外(彼女)への攻撃で問題を解決しようとしている」

 

 

 

なぜNGとするかは、それぞれの魂の歴史にもよるので、

一概には言えないですが、

 

今世・過去世の中で刻まれた感情が映し出すケースもあれば

個人や日本人の集合意識(集団的思い込み)の枠にはまらないから悪

としたというのがあると思います。

 

それぞれを分けて書くと、ざっとこんな感じ

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●人によっては、自分の内側にある感情による投影

 

苦しみ、悲しみ、怒り、憎しみ、妬み、…

 

 今回この出来事が起こったからでてくる感情というより、

もともと内側にある保持している感情。

今世もしくは過去世でインパクトが残る感情が、地球の波動の上昇に伴い

今回の現実を通して表面化させようと働いたケース。

 

●また人によっては、個人的な思い込みや設定

「こうするべき、こうあるべき」にはまらないから「悪」としたケース。

 

 

●また人によっては、日本人の集合意識(集団的思い込み)に

はまらないから「悪」としたケース。

 

<日本人の集団的思い込みとは…>

「空気を読む」や「出る杭打たれる」のような表現に代表されるように、

見えない(明文化されてはいないけれど集合意識として良しとされる)ルールに

従うことを無意識のうちにいわば半強制的に強いられている感覚。

日本人は自分の本心や感覚とは別に、その集団的思い込みの

「善・悪」の枠組みの中で生きておりそれはほかの国より強い傾向がある。

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だったり。

 

そうした感情や思い込み、制約などを使ってみんなでつくりあげた出来事だともいえます。

 

魂の上で、木村さんがそれを代表して演じてくれ、

みんなの闇(表現がいまいちしっくりきませんが)を

一気に引き受けたという感覚があります。

 

木村さんがみんなそれぞれの中に

 

「きちんとみつめるべきもの」

 

があることを分かりやすく見せてくれた。

 

ニュースでは、ITモラルの啓蒙活動をしたり、SNSの利用に関して罰則を作った方がいいのでは

という議論になっていますが、もちろんやっていくことは進めてほしいなと思いますが

 

本当にやらなけらばならないことは、

 

それぞれがこの出来事を映し出した「自分の内側」をしっかりと見つめ、

不要なものに気づき、手放していくこと。

 

それが何より、木村さんの冥福になるのと、これからの日本人の集合意識を加速的に

変容させるものになるのだと思います。

 

私たちはいろんな集合意識と繋がっています。

 

まずは自分をクリアにしていくことが、結果的に繋がる多くの人の変容も後押しするのだと。

 

木村さんが命を懸けて、見せてくれたこのチャンスを

自分事として丁寧に扱い、自分の、そして繋がる集合意識の変容に

変えていけるようにしたいと思います。

 

この記事はあくまでも私個人の感覚です。

備忘録として。

 

 

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