多次元世界を探求する

自分の宇宙は自分の中に内在する。意識変容の先は多次元空間が存在していた。8年間内観しずっと自分の奥を掘っていったら、3年前に堰を切ったようにライトランゲージが口から発さられ、さらにその奥の多次元領域にアクセスできる鍵を受け取った。現実と多次元領域の連動を楽しく研究する日々。

顔面麻痺になりました

いきなりのタイトルw

 

久しぶりに投稿したかと思えば

こんなご報告で失礼しますw

 

 

何の前触れもなく

左側の顔面麻痺になり

先ほど退院しました。

 

 

やっぱり家がいい。

 

最初はなぜこんな状態になったのだろうと

分からなかったけれど、

 

家から出て(入院して)

家族と離れ、仕事から離れ

自分の個として切り離し

 

あたらめて、

 

ここいらで

 

大きな軌道修正が入ったのだと

理解しました。

 

 

この11年内観やヒーリングを通して

内なる宇宙の探求に明け暮れましたが

 

それ一本でまい進してきた

この流れが一つ終わりを迎えたのだと思います。

 

 

 

こうした身体を通したストップが

掛からなければ理解できなかった

受け入れられなかったのだと思います。

 

 

自分の新たな道は

今まで足を踏み入れてこなかった領域。

 

怖いというより

何をしたらいいか具体的に

その先のイメージなど

理解できないものなので、

 

なるようになれ、

 

 

って感じです。笑

 

 

今まで通り、ヒーリングセッションは

やっていきます。

 

 

 

眼帯にマスクでセッションします。

要は右目しか見えない覆面セッションとなりますが

 

そんなセッションしている人も

少ないかと思いますので

良かったら楽しんでください。

 

 

 

「人間として一番自分が憎んでいる部分」を自分の中に発動することを許可する

タイトル通り、私は

 

人間の

 

幼稚さ

未熟さ

視座の低さ

一時的に快楽に溺れやすい

近視眼さ

自分の枠組みでしか物事が観れ無さ

 

 

を軽視してきた。

 

自分の中の人間的なその要素を

憎み、そうした人間を観ると距離を取ってきた。

 

 

けれど、この1カ月多角的にこれを

受け入れるような流れを映し出し

 

もう逃げ場がないところまできた(笑)

 

 

この分離感には自分でも疲れた(笑)

 

 

全部受け入れれば楽になるのはこれまでの統合経験で

理解しているけれど、

 

 

それを受け入れると

 

ちっぽけな人間になってしまうことを

恐れていることに気づいた。

 

 

一番逃げたいのは

 

人間らしく生きること。

 

近視眼的にぐちゃぐちゃに生きること。

 

力を失って盲目的になること。

 

それが一番怖かったんだ。

 

 

感じ切って統合する。

 

 

 

 

 

気づくと現実はすごいスピードで変わっていく

 

変な話だけど

気づいたら娘の高校受験が終わっていて

気づいたら夫は大学院に合格し今月からプレ講義が始まり

気づいたら母が来月上京することになり

気づいたら息子の大学予備校(現在高1)の4月からの1年間分の支払いが終わっていて

それ以外にもやらなきゃなーとうっすら思っていたことが一気に知らないところで現実が進んでいて

 

私がさほど何かせずとも

すごいスピードで現実が変わっていく。

 

変な話どんどん自分の手から離れていく。

悪い意味ではなく良い意味で。

 

自分事に集中できる時間が勝手に準備されていく。

 

 

 

 

人間として体にぴったりはまって楽しいをやり尽くす

 

collectingmyself.hatenablog.com

 

 

結局内側が求めていることを

やる!

 

それしかないのだと思います。

 

 

今までずっと人間と距離を取って

観察するを続けた結果

 

 

つまらない

 

 

の積み重ね。

 

 

役割を終えることができないかもしれないけれど

 

今生においては

 

役割なんて知らんがな、

 

人間として、自分の体にぴったり入って

 

楽しいをやり尽くそうと決めました。

 

 

最近、やって楽しかったのは

 

・おいしい酒と料理(ペアリングされたもの)

・美しい皿(先日百貨店で見た高級皿)

アバター

・りくりゅうペアのフィギア演技

・今頃、観始めたグランメゾン東京(笑)

・ビールと生ガキ

・ホットスパイスワイン

 

 

と書き残す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の世話は絶対にしない」のつづき(笑)

 

collectingmyself.hatenablog.com

 

collectingmyself.hatenablog.com

 

上記記事の続きです。

前編・後編とタイトルに入れたのに

終わらんかったのだけど(笑)

上記記事タイトル変えずに、そのまま続けます。(笑)

 

 

まだ根強く、「人の世話は絶対にしない」

が私の中に在ります。

 

 

今まで私が支援させてもらった方々は

無意識でしたが結果蓋を開けてみると

 

変な話、自分の「絶対人の世話はしない」を

くぐり抜けてきた方々。

 

生半可な気持ちで来てないのが分かるので

そのコミット力を感じて、

 

お手伝いするって無意識にスイッチが入ったのだと思う。

結果みんなすごく変化したのは事実。

 

 

今は、お客さんを取るというより

内側から出てくる想念に向き合う時期。

 

ただ、SNSでの記事投稿は

今お客さんを取るというより

いずれ出会うお客さんとのフックになる

大事な手段なので、書き続けている。

 

 

いつかそれらが活用される時が

来るのはわかるが、今ではない。

 

なぜならば、内側が真剣に吠えているから(笑)

 

 

今朝は、変な夢を見てそれから体が重い。

 

罪悪感を抱えた何かが胸の表層まで上がってきていたので

家族を送り出した後、エネルギー調整して

 

終わって今この記事を書いている。

 

 

 

毎日いろんなものが上がってくるのを見て

 

一方で、

私よく今まで内側にこんなものをもって

「人間の世話は絶対にしない」

 

これだけのお客さんを目の前に映していたなと思う(笑)

このエネルギーをもっていても繋がって下さった

これまでのお客様はおそらくどうやっても深いつながりで

繋がる運命なのだろうとも思う。

 

感謝しかない。

 

 

 

 

 

「人の世話は絶対にしない」(後編)

 

collectingmyself.hatenablog.com

 

この記事は前編の続きです。

 

 

表面化して数日そのエネルギーを

好きにさせてみた。

 

これだけ怒り腐っているときは

大体何をやってもダメで、

 

少し落ち着かないと話せない(笑)

 

 

なぜ人間の世話をしないのか聞くと

 

 

そこにあったのは

 

やはり宇宙や創造主、どこにもむけられない

「地球と人類の観察者」としての役割を

担わなければならないことへの怒りだった。

 

魂より分祀した何千万、何億にも及ぶ地球に配置

された過去生未来生のベースに流れるこの役割、

そのどれもにみんな飽き飽きしている。

 

全ての生から紡がれる怒りと絶望の

集合意識が存在していた。

 

 

彼らが求めているのは

「ブレない絶対的な安心領域」

「楽しさ」

「喜び」

「やりたいときに制限なくやりたいことができる」

 

 

それらを彼らは『報酬』と言っていた。

 

それを役割を担う報酬として

求めていた。

 

彼らの本心を聴けると、

その怒りと絶望を手放す許可が出たので

 

ヒーリングが自動的に開始され、

 

一気に深い変性意識に入り

3時間半寝てしまった(笑)

 

 

つづく

 

「人間の世話は絶対しない」(前編)

私が10年、表層にあがって完全に捉えられるようになるのを

待ち続けた内側の奥の奥に持ち合わせていた

エネルギー。今対峙中ですが、この記憶も

過ぎてしまえば、このリアルな感覚もすぐに

分からなくなってしまうので、備忘録として

書き残したいと思います。

 

 

今ものすごい勢いで浮上してきている

エネルギーは、

 

 

「絶対に人間の世話はしない」

 

という感覚。

 

 

この感覚は数年前からうっすら感じる

時があった。

 

大体、面倒な客を映して

しばらくセッションはしない

 

というのを繰り返していた(笑)

 

 

昨年末からビジネスを本気で始めようと

今まで積極的にやっていなかった

人との交流を再開(無料のフロントエンドの実行や

ビジネススクールの仲間との交流)

 

三者に自己開示するのに

大きなブロック(表に出ると見つかる、

そして殺される、また亡き者にされる

という恐怖)があるのだが

 

※これについては幼い頃から持っている感覚

 

 

それらが徐々に解消されてくると

 

その下から

 

 

「絶対人間の世話はしない」

 

という強烈な想念が表面化してきた。

 

 

このエネルギーに会えるのをずっと

待っていた。

 

 

 

・・・

 

この10年ずっと内側を整えてきた。

 

最初は、目下、今生のもともと持っていた

悩みの根源を手放す

 

それが終わると、

 

地球の過去生領域

 

それらが終わると、別の星時代の過去生が出てくる

 

そのあたりから、自分の中に

 

地球人ではなく、

 

宇宙人的感覚しか残らなくなる。

 

別の星から見ている

 

地球、人類、人間という感覚で

 

 

私自身、今地球人なのに

 

内側は別のヒューマノイド的意識(宇宙人)で

 

物事を観ている。

 

 

 

この地球人の世話はしない!

 

 

と言っているのは、

 

私の地球にいる目的にも付随する。

 

 

昔から思っていることではないけれど、

 

数年前の宇宙意識が強まるのと比例して

 

私の中には、

 

ずっと地球を観察し、データを取り

情報として転送する役割が

在ることを知った。

 

 

知ったというより、そうだという

既知の事実的な感覚。

 

 

 

しかも今生だけではなく、

地球創生からずっと、そして未来に続くまで

全ての時代に配置されており、

地球と人類の情報収集をしている。

 

 

そして、年々この感覚が強くなり、

一方で年々この役割に嫌気ががしていた。

 

 

そして腹を立てていた。

なぜこの役割を担わなければならないのか。

 

呪縛されたように役割から

辞めたくても離れなれない。

 

 

 

この宇宙なのか、創造主なのか

行き場のない怒りと絶望がずっと根底に

流れていた。

 

だから、進撃の巨人の曲

「悪魔の子」を聴くと

めちゃめちゃ共鳴して

聴くだけで涙がでる。

(子供たちからよく心配されていた)

 

 

 

 

不貞腐れて、

よく悪魔になりたいと思っていた(笑)。

 

 

今回10年の自分との向き合いを通じて

ようやく、この根底に流れる

「絶対に人間の世話はしない」と怒り腐っている

意識が表面化した。

 

 

つづく

 

 

 

 

 

他者との関わり合いの中に喜びを見出す

今日、夫と4年生の娘と3人でランチに出かけた。

店選びで、娘と夫の衝突を映す出し、

 

その内容がまさに私に向けられている

テーマだと思った。

 

最近自分を追い詰めたり

責めたりするような映し方がなくなったが

こうやって間接的に受け取る機会が増えた。

 

 

ずっと自分との一致を探求してきたが

ここいらで折り返し。

 

一致は大事。

 

だけど、一致は見方を変えれば縮小でもある。

 

全てのものには周期がある。

 

ここからは自分が好きなことだけをやるのではなく

 

他者との関わり合いの中で

 

他者が好きなものの中で

または他者の喜びを優先した中でも

自分の喜びを見つける、

 

を通して「拡大」の領域に入りたい。

 

 

ずっと抵抗していたけれど

 

今日の夫と娘の衝突の一軒で

 

冷静に客観視できた。

 

受け入れて進もうと思う。

 

 

 

 

 

 

◉無力さを受け入れたら、動き出す「何か」

 

collectingmyself.hatenablog.com

 

上記記事の続きです。

 

「無力さ」を受け入れて数日経つと、あんなに動けなかったのに

 

不思議と、「何か」が動き出す。

 

心の赴くままに、まずは行動させてみる。

 

・日本庭園を散歩する

・高級住宅街を歩く

・友人からのランチの誘いに乗る

・おしゃれなレストランに行く

 

これをしただけでも、自分の中で何かが書き換わっていく。

 

 

「条件なしに幸せになってよい、豊かになってよい」

「条件なしに愛されてよい」

 

生きる上での土台にメスが入るように、

今までそんな世界があったことすら忘れていた、

遠い記憶(生まれてくる前の感覚に似た)「安心安全領域」

が戻ってくるかのようなそんな感覚になる。

 

そして、何より深いところ(表層ではなく)で自分が喜んでいる。

 

そして、しばらくはここを「確たるもの」にすべく動く必要性も

伝わってくる。

 

 

ということで、今心に浮かぶことをリストアップする

 

・「岡本太郎美術館」に行く

・高級ホテル「椿山荘」の庭を観ながら、ティータイム

ランドマークタワーの展望台のカフェでティータイム

・横浜馬車道ら辺を散策

山下公園で海を見る

 

 

まずは頭でいろいろ考えるのではなく、行動して

自分の感覚の変化を観察したいと思います。

 

◉何もしたくないの真意~自分の無力さを直視する~

 

いろんなネガティブな感情を統合してきたと思った。

 

実際に統合できている部分も大きいと思う。

 

ただ、ここに来ての大きな気づき。

 

 

ネガティブな感情は統合させるではなく、

 

正面から受け入れる、

 

感じきる

 

※これは悲劇のヒロインとして感情に浸るではなく、

 この感情を感じたくなくて逃げていたことを自覚し、

 逃げずに感じる、正面から受け止める

 

言葉にすると難しいのだけど、↑この前者と後者は全然違う。

 

 

今朝は、とてつもない自分の無力感を受け入れた。

 

 

この感情を感じたくなくて、動き続けてきた。

 

 

家事などの実際の動きではなく、意識面で、

 

 

この気づきに至るまでずっと、ずっと、逃げるために、何かをしてきた。

 

 

 

沢山やってきた。

 

 

 

自分の中で沢山もがいてきた。

 

 

これ以上持てないところまで、自分に何かをさせていたのは自分で、

 

 

だから内側の自分はもう何もしたくない、が強くなっていたのか、と。

 

 

「自分の無力さ」に抵抗してきた。

 

 

涙が止まらなかった。

 

 

気づいた今、なぜ「無力をそんなに受け入れたくなかったのだろう」と思うけれど、

 

 

いつからか、ずっと「無力さ」を観ないように、

 

 

「私は決して無力じゃない風」で頑張ってきた。

 

 

無力がいけないこと、だったからだけど、

 

気づいて、真正面から「私は無力」を感じきると、

エネルギーが自然統合され、

 

 

無力ってなんだ?

 

 

力がある状態とない状態を自分の中で勝手に定義して

 

 

見えない敵と戦ってきたようだけど、

 

 

その境界線がなくなり、

 

 

無力ってなんだっけ?

 

 

と今なっています(汗)

 

 

 

何もしたくない、になるまで自分を追い込んだのは自分だったのかと、

 

 

なんて自作自演劇なんだ。

 

 

この自作自演劇を46年もやってしまった。

 

 

 

◉新センス獲得『簡単に意識変容させるスキル』

 

collectingmyself.hatenablog.com

 

 

上記記事の続きです。

 

 

すべての現実は自分の深いところ(潜在意識)が創り出しているので、

 

 

「本来の自分を受け入れる」 自己受容

 

をエネルギー調整を使って行うことにしました。

 

 

最近、なぜかエネルギー調整をめんどくさいと感じてしまい、

 

 

身体が受け入れなかったのですが、その時久々にやれる感覚になりました。

 

 

ただ、私の中に「本来の自分を完全に受け入れることへの抵抗」があります。

 

だって、普通にやばいやつだからです。

 

できるなら、他者に慈愛をもって奉仕できる器量も精神もありたい。

 

その方が断然かっこいい。

 

それに比べ、私は、

 

 

 

誰も助けたくない、自分以外の誰も興味がない、

奉仕なんてまっぴらごめんで、一切自分の力を他者に使いたくない

責任も負いたくないし、自分以外の他者や社会には貢献したくない

 

 

そんな人間が自分だと認めたくない。

 

 

もう、だけど、どんなにあがこうが事実なんです。

 

 

今までずっとあがいてきて、そのあがきの中に光はなかったし、苦しかった。

 

 

「超かっこ悪い自分」が本来の自分なんです。

 

夫からも子供からも愛想つかされる自分が本来の自分なんです。

 

 

涙が出るけれど、あきらめるしかない。

 

 

 

ということで、エネルギー統合することに。

 

 

 

エネルギー統合時に、新たなセンスを付与されました。

 

 

 

「超簡単に変容させる」センス。

 

 

なんじゃそれ、と思いましたが

 

 

ボンと頭に情報が塊で落とされ、かみ砕くと、

 

 

今まで、一般的な感覚を採用していたので

 

・(世の中が理解できる一定の)時間をかけて変わる

・頭でロジックを理解しながら変わる

・難しく変わる

・抵抗しながら変わる など

 

という変容に関する感覚が、

 

 

・超簡単に変わる

・一瞬で変わる

・ロジックが分からずとも変わる

 

 

に変えられるセンスで、

 

 

しかも自分にだけ使えるのではなく、人に使えるというので

 

 

早速、娘に説明し、同意の上調整すると、わずか5分で調整終了。

 

 

受験勉強中の娘の希望に則し、

 

「勉強や特色試験に関して、超簡単に習得する」

 

「難しく習得するのではなく、超簡単に習得する」

 

に意識を変容させました。

 

 

その日夕方から塾に行った娘さん。

 

論述式の特色対策が行われていて、最新のテストは100点中19点。

 

55点あると行きたい進学校は合格レベルなのですが、

 

どんなに頑張っても最高37点。

 

その日の模試は、自身初の55点だったらしい。

 

試験を説いている間、いつも通り解いて

結果蓋を開くと、55点。結果を5度見したといっていました。

 

 

娘が塾に行っている間に、息子にも説明し同意の上、

 

「勉強時間の長さが勉強の出来を左右するという学校の指針に全く賛成できない、

 

 時間や構造理解などせずとも、簡単にその本質を習得し、時間などの条件に

 

 関係なしに超簡単に習得する」をお願いされました。

 

 

 息子は私の調整で、新しいものはまず疑いから入るのですが、

 

 勉強時間の長さを記録した紙を毎日高校に提出しなければならないことに

 

 うんざりしていたので、普通に調整を依頼してくれました。

 

 

 息子の調整は10分くらいで終了。

 

 息子の調整は昨日の夜やったばかりなのでどんな風に変化したのか

 わかりませんが、

 

 娘が塾から帰ってきて、特色検査の結果が55点だったという報告をうけ

 

 娘の知能から、55点が取れないのはよくわかっている息子

 

 (ちなみに、息子は県一の進学校に通っていて、受験時の特色の結果が58←高い数値、

  合格の決め手になった数値です)

 

 特色対策にものすごい時間を投じて身に着けてきた息子、一方で

 

 塾から出された課題さえやらない娘。

 

 そんな娘が55点採ったと聞き、びっくりして、顎が外れそうになっておられました。

 

 テレビを見ている私をじーーーとみて、目配せしてきて、声にならない様子。

 

 自分(息子)のエネルギー調整後に感覚がどう変わったか、また逐一シェアしてくれるとのこと。

 

娘は勉強に対する姿勢が変わり、失敗すればするほど習得するに変わり

今までは「できない自分を観たくない」から勉強が進まない、から

「間違いや失敗を経験し、正しいやり方や知識を認識すればするほど、理解が加速する」になり勉強が格段に楽しくなったとのこと。

 

 

 

 ちなみに、このセンスは、今まで通りの自分では付与されなかった。

 他者に役立つ自分というズレた立ち位置では、このセンスを獲得することができなかったらしい。

 

 

只今、自分も子供たちも含めて、「簡単に意識変容させる」センスを使って実験中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◉本来の自分を受け入れるのが怖い③

 

collectingmyself.hatenablog.com

 

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上記記事の続きです。

 

夫への執着に気づき、縁が切れても夫と自分を自由にすると決めたら、

 

お試しのように、

 

①息子の私への不満

②夫の私への不満

 

が爆発する出来事が起きました。

 

当然平和な優しい世界ではなく、これでもかと一瞬激しい世界へ。

 

要は「本来の私になろうとしている私」を引き戻させる動きを私が映しているということ。

 

 

今まで、ずっと

 

「誰かの役に立つ」

「社会的に、倫理的に一般的」

 

を選んできていた私ですが、

 

 

「本来の自分になると決めました」

 

 

本来の自分は、

 

一切誰の役にも立たなくてもOK

他者の問題や課題を一切引き受けず

自分がやりたいときはやるし、やりたくない時はやらない自由人

責任を負わず、段取りやタスクなど考えずに、

今を気楽に楽しむ、ぐーたら人間

 

 

 

そうです、世の中の大人とは真逆です。

やばいやつです。

どーしようもないやつです。

 

でもこれが私であり、私が一番心地よい状態、幸せな状態。

 

 

 

 

息子と夫が演者となり、本当にそれを望むのか、一番の理解者を敵に回してもその道を進むのか、みたいな 笑 確認が入りました。

 

 

息子が涙ながらに、「人としての道理から外れている」と言われる。

夫からは失望(諦め交じり)され、無視状態。

 

 

今までだったら、この状態を経験したくなくて、

 

いやいやながら、自分を押し曲げて、ちゃんとするをやっていましたが、

 

 

今回は、不思議なくらい、どんなことが起ころうが、

 

自分に一致して、

 

謝らないし、

 

解決しようとしない。

 

ただ、その状況を観ている、で過ごしました。

 

 

何なら、息子や夫から非難されているときの感情をしっかり真ん中で受け止めながら

 

この感情になりたくなくて、今まで回避してきたのか、

 

と冷静に。

 

 

何なら、その感情を感じながら、

 

「まあ、気持ちよくはないけれど死にはしない」

「想像していたより大したことない」

 

と感じている自分がいて、

 

 

自分事なのに、自分事じゃない自分がいて

 

とても不思議な感覚になりました。

 

 

 

 

 

 

◉夫への悪口を書き出してみて気づいたこと

 

私にとって夫は、とても大切な存在で、

 

出会ったころから、どんな醜い自分も

 

「いいじゃん」と肯定してくれ

 

彼に出会ってから、ずっと欠けていた自分の一部が

 

彼の存在によって補われ、力を取り戻す感覚があった。

 

出会って23年が経ち、ずっと円満ではなく、

 

バトルも、離婚の危機も、自分の怖れを一番映す役者になってくれたこともあった。

 

今なんて、仕事もやめ、家にいる私は精神的にも経済的も

 

彼なしではやっていけはしない。

 

ここ数年は、映し出す夫婦間の在り方が変化し、

 

何がなくても愛をすごく感じるし、感謝もしている。

 

 

だけど、ふと今日は、それに対してメスが入る気がして、

 

急に、「夫への悪口をあえてかいてみよう」と思った。

 

そんなに出ないと思っていたけれど、

 

書き始めたらめちゃめちゃ止まらない。

 

こんなに良くしてもらっている、という理性で封印していた

 

思いがあふれて、書きながら文句が加速していく。

 

 

もうこれ以上書くことないなと思えるところまで書き終えると、

 

 

涙が出てきた。

 

 

こんなこと思ってたんだ。

 

 

 

という気持ちと、それらを俯瞰して

 

 

私こんなにも彼に執着しているのだ、

 

 

と気づいたら、涙が止まらなくなった。

 

 

 

「私を自由にしてほしい、私が自由にならないのは彼のせい」

 

2019年にも思ったことがある。

 

その時も自分が執着していることに気づき、手放し

 

明らかに心も現実も楽になって、今がある。

 

 

だけど、もっと深いところにあった

 

私が彼を自由にさせていないのだという気づき。

 

そして、その気づきを経て、

 

 

絆さえなくなっても良いから、彼を自由にさせたい。

 

 

そして、私を自由にさせる。

 

 

深いところで、無意識にぎゅっと握りしめていたものに気づけて

 

本当に良かった。

 

 

※離婚危機にあるとか、離婚するつもりという話ではなく、

 意識次元の話。

 結局、こんなところに自分が握りしめているものがあったのかを知り

 楽になりました。

 

 

◉やさしい世界への移行進行中

 

「他者の役に立つ」を手放し、本来の自分にフォーカスをし、

身体の声を第一優先に過ごしておりますが、

 

日常のいたるところで、潜在意識「自分にとって優しい世界への移行」の書き換えが進んでいるのを目撃します。

 

今朝息子がバタバタを身支度を整えていると、ワイシャツの下に着る下着がないと。

 

息子は2枚持っているのですが、夫と同じ(サイズ違い)のため、よく私が夫のタンスにしまってしまうことがこれまでもありました。

 

あー、夫のタンスの中に在るか探すのがいいなーと思いながら

身体も声も、それに対して反応しないので

(ちっとも役立つ気がない、罪悪感も薄くなり)、

私はダイニングの椅子に腰かけ黙っていると、

 

 

夫が(階違いの)タンスまで行き、息子の下着を持ってきてくれ、

 

息子に、

 

「こういう風にならないように、あと2枚同じものを買ってこい、前から言っているのに聞かないお前が悪い」

と。

 

 

明らかに私が間違えているのに笑

 

 

息子は「ママが間違えてパパのタンスに入れたんだよ」

 

夫「そうじゃなくて、そもそも2枚で運用できると思っている自分が甘い。

  ママは畳んでくれてなおしてくれている。だったら全部自分でやれ」

 

…と。

 

息子「はい」

 

 

となり、

 

 

誰も私を一切とがめない。

 

 

なんなら、めちゃめちゃ守られていて、愛されている気が満ちていて

 

その一部始終を眺めながら、

 

なんだこれ

 

 

と思いました。

 

 

何にも役立たないのに、だれも私を責めないし、

最近は感謝される。

 

 

そして、その誰にも寄り添わない(役立たない)がとても自分に

力を取り戻している感覚(自分に一致している)がある。

 

 

 

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