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上記記事の続きです。
夫への執着に気づき、縁が切れても夫と自分を自由にすると決めたら、
お試しのように、
①息子の私への不満
②夫の私への不満
が爆発する出来事が起きました。
当然平和な優しい世界ではなく、これでもかと一瞬激しい世界へ。
要は「本来の私になろうとしている私」を引き戻させる動きを私が映しているということ。
今まで、ずっと
「誰かの役に立つ」
「社会的に、倫理的に一般的」
を選んできていた私ですが、
「本来の自分になると決めました」
本来の自分は、
一切誰の役にも立たなくてもOK
他者の問題や課題を一切引き受けず
自分がやりたいときはやるし、やりたくない時はやらない自由人
責任を負わず、段取りやタスクなど考えずに、
今を気楽に楽しむ、ぐーたら人間
…
そうです、世の中の大人とは真逆です。
やばいやつです。
どーしようもないやつです。
でもこれが私であり、私が一番心地よい状態、幸せな状態。
息子と夫が演者となり、本当にそれを望むのか、一番の理解者を敵に回してもその道を進むのか、みたいな 笑 確認が入りました。
息子が涙ながらに、「人としての道理から外れている」と言われる。
夫からは失望(諦め交じり)され、無視状態。
今までだったら、この状態を経験したくなくて、
いやいやながら、自分を押し曲げて、ちゃんとするをやっていましたが、
今回は、不思議なくらい、どんなことが起ころうが、
自分に一致して、
謝らないし、
解決しようとしない。
ただ、その状況を観ている、で過ごしました。
何なら、息子や夫から非難されているときの感情をしっかり真ん中で受け止めながら
この感情になりたくなくて、今まで回避してきたのか、
と冷静に。
何なら、その感情を感じながら、
「まあ、気持ちよくはないけれど死にはしない」
「想像していたより大したことない」
と感じている自分がいて、
自分事なのに、自分事じゃない自分がいて
とても不思議な感覚になりました。